私が三重へ来た理由(緑内障の恐怖について)

このブログは緑内障で失明の恐怖と闘っているすべての方に是非ともお届けしたいと思い開設しました。

私は現代医学では原因不明と言われる正常眼圧型の緑内障を発症しました。原因が分からないタイプの緑内障で、眼圧を下げる点眼薬を続けるしかありませんでしたが、そもそも眼圧に異常がないところに眼圧を下げる治療を行っても効果はわずかで、次第に悪化していく視野の狭窄を止めることができませんでした。

私は外資系IT企業等で経理財務のトップとして約10年働いてきましたが、PCの画面を見ることも次第に難しくなり、20154月末に退職しました。これまで必死に積み上げてきたものだけでなく、当たり前だと思っていた生活すべてを失うことに気付きました。

悪夢のような毎日でした。次第に失われる視野を何とか保とうと、中国鍼、スーパーライザー、DVDで購入した運動、代替医療の大家と呼ばれるドクターの治療、挙句の果ては高価なパワーストーン、神社参りなど、時間と大金を費やしてとにかく試せるものは何でも試しましたが効果は全くありませんでした。今考えればおかしなことをしたと思いますが、末期の緑内障患者は藁をもつかむ思いでいますから仕方のない事です。

この病気の恐ろしさは失明をすることですが、それ以上に恐ろしいのは、少しずつ失われていく視野を常に認識しなくてはならず、精神的・経済的・社会的にどんどん追い詰められていくことだと強く思います。

実際に罹患してから調べて分かりましたが、この病気で自殺する人たちは決して少なくないようです。目を失うだけではなく、これまでの人生をほとんど失う事であることに耐えられなくなるのです。私自身も一時期、夜中に恐怖で目が覚めるなど精神的に不安定になりかけたことがありました。

私は三重県津市の榊原というところにある「難病完治の会」というところを見つけ、充分吟味してから回復の最後の望みをかけました。冷静かつ合理的に考えれば結果が全てで、視野が戻れば手段や過程などどうでもよいことです。

実際に来てみると、目の前で医者に見放された病人たちが驚異的な回復を遂げるのがごく普通に起きている驚嘆すべき場所でした。

私自身、次第に視野が回復し始めています。つまり、現代の再生医療でも不可能な、神経組織の再生が起きているという事でしょう。

本日は2016311日で、「難病完治の会」へ来てから30日目になりますが、半分くらいは既に視野は回復しています。

私は今、三重の山間におり、家のある横浜へ帰ることができないため、ハンフリー(静的視野検査)の結果を公表できません。戻りましたら公表するつもりでおりますが、まずは簡単な図(お絵書き程度です)でこれから毎日、視野の状況を公表していきたいと思います。


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by standing-flower | 2016-03-11 16:39
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緑内障によって人生を失いかけた私の、視野が回復していく奇跡のプロセスについて


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